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【双極性障害の体験談】あまりにも仕事に熱中しすぎて、躁状態と鬱状態に襲われた

30代の女性が双極性障害の体験談を語ってくれました。

双極性障害とは、いわゆる「躁鬱病」のこと。

気分が高揚しすぎて眠れなくなったり、逆に落ち込みすぎてベッドから起き上がれなくなる。

そんなアップダウンを繰り返してしまう病のことです。

双極性障害を患ったことのある母親が異変に気づき、比較的早めに対処できたようですが、今でも抗うつ剤と安定剤を服用しているのだとか。

家族のサポートを受けつつ、生活リズムを整えたいま、徐々に体調が良くなっているようです。

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体験談を語ってくれた人

体験談を語ってくれた方:Nさん(30代・女性・公務員)

家族構成:一人暮らし(両親は離婚、母親と姉は実家暮らし)

双極性障害になった時期:20代前半

双極性障害を患い、家族に支えられた過去

私がミラクリを知ったのは、つい3ヶ月ほど前のことです。

たまたまうつ病関連の情報を検索をしているときに、こちらのサイトに出会いました。

いくつも過去記事を読み漁り、あまりアクティブでなかったtwitterも再開しまして、いつも小林さんのツイートを楽しみにしています。

さて、本題に。

私は20代前半の頃に、双極性障害を患いました。

原因は今でもはっきりしていませんが、私の母も若い頃に同じ病を患っていますので、遺伝の影響もあるのかもしれません。

母に双極性障害について相談することはそれほどありませんが、母親は私の辛さやもどかしさを何も言わず理解してくれる唯一の存在です。

父と姉も、私のことをよく理解してくれていると思います。

一緒に通院をし、薬嫌いだった私がしっかりと薬を飲むように注意してくれたのも父と姉でしたから、やはりありがたい存在です。

双極性障害に苦しんだ時期の記憶は曖昧なところもありますが、当時の日記を見返しながら話をすすめていこうと思います。

高校の頃に見え隠れしていた躁鬱(そううつ)の傾向

私は昔から真面目で几帳面、そしてどちらかというと勉強ができる方でした。

高校の成績は学年トップでしたが、一度だけテストの結果が悪く、成績がガクンと落ちたことがありました。

この時は、自分にかなり失望しました。

なぜ成績が下がってしまったのか、その理由が分からず、焦りと憤りで1週間ほど学校へ行くことができませんでした。

授業をじっと聞いていることが耐えられなかったのです。

その後、成績は元に戻りなんとか平常心を取り戻しましたが、この頃にはすでに自意識過剰というか、気分のアップダウンのようなものがあったのだと思います。

いま思うと、それが双極性障害の兆候だったのでしょうね。

食事を忘れるほど仕事に熱中する日々

その後、高校を出て、大学を卒業するまでは精神的な浮き沈みがそれほどありませんでした。

ところが就職をしてからは、部署でトップの成績を取ることに異常にこだわっていました。

勉強ができたことへのプライドや、「私はエリート」というような傲慢な意識がどこかにあったのかもしれません。

そこに過剰な責任感も加わり、いつも必死の形相で仕事をしていたように思います。

新しい仕事が入ると、それを全部自分でこなさなければ気がすまず、誰かに任せるなんて絶対にできませんでした。

不思議と、仕事をしている間は集中力が途切れませんでした。

むしろ自分ではストップをかけられないほど集中していて、ランチはおろか、夕食を食べないことも多々。

一秒でも早く仕事をこなして、誰にも負けたくない、それしか頭になかったように思います。

やる気とモチベーションの浮沈が激しくなった

ところがある時、仕事のやる気が一気になくなってしまったのです。

トラブルがあったわけでもないのに、「仕事なんてどうでもいい」というような気になってしまいました。

やる気もモチベーションも皆無で、ベッドから起き上がることすらできません。

寝坊で会社を無断欠勤することもありましたが、上司からは叱られるよりもむしろ心配されました。

かと思えば、しばらく経つとまたとてつもないエネルギーが湧いてきて、24時間以上起きていても平気になってしまうような日が続き、数日経つとまた気力が激減する。

その繰り返しです。

この頃には自分でもメンタルの調子がおかしいことに気づいていましたが、人に相談する勇気はありませんでした。

ですが、久しぶりに母と姉と再会したのをきっかけに、事態は変わっていったのです。

双極性障害をよく知る母と姉が気づいた、私の不調

その時の私は気分が高揚している時期(躁状態)で、姉は会うなり私の異変に気づいたようです。

母は…会って5分程してから、私の顔をマジマジと見つめて「すぐに病院へ行きなさい」と言いました。

正直なところこの時の会話はほとんど覚えていませんが、母が患っていた病の症状によく似ていること、すぐに病院に行かなくては取り返しのつかないことになる可能性があることを、母が懸命に説明してくれたそうです。

何かがおかしいと自覚していながら、何もできなかった私に家族が気づいてくれたのです。

嬉しい、ありがたい、救われたなど、いろんな感情が湧いてきました。

その後、姉と父が知り合いのツテを頼りながら、メンタルクリニックを見つけてくれて、そちらに通うこととなりました。

通院したおかげでメンタルが落ち着いた

私は病院が嫌いで、薬を飲むのも本当に嫌いだったので、最初のうちは嫌々通院していました。

ですが、双極性障害の治療をすすめるうちに、薬は私の心を落ち着かせてくれる支えとなりました。

次第に「薬をもらうために通院するようになった」といっても過言ではありません。

勤務先には双極性障害のことを言っていませんが、明らかにおかしい時期があったため、病気を疑われてたかもしれません。

睡眠・食事・運動・薬の服用のリズムを整えた

双極性障害になったときは不眠の日も多かったのですが、今ではぐっすり眠れます。

食欲がなくても、気持ちを切り替えるために、三食きちんと食べることを心がけています。

ランニングをはじめ、日々の運動も心がけています。

ランニングの影響かもしれませんが、物事をポジティブに考えられるようになり、仕事に対する執着心もほどよくなりました。

毎日1時間ほど走っており、本当に気分がすっきりします。

抗うつ剤や精神安定剤は、今でもたまに飲みます。

鬱症状は回復しましたが、たまに気分が高揚したり、逆に落ち込みそうになるときは、薬の力に頼っています。

薬がなければちょっと不安なのが本音です。

体調が良くなってから家族と再会

双極性障害と闘い始めてから、約1年。

久しぶりに家族みんなで再会しました。

家族とは付かず離れずの距離感でしたが、このときは嬉しかったです。

私のことが影響したのかはわかりませんが、離婚していた父と母が再婚するそうです。

両親がヨリを戻し、私の健康を喜んでくれているので、とても心強いです。

これから先、家族以外の人に双極性障害のことを告白することはないかもしれません。

この体験談が同じ境遇の人の参考になれば幸いです。

まとめ:メンタルの不調を感じたら、まずは家族・経験者に相談すること

双極性障害を患ったNさんの体験談でした。

うつ病は気分が落ち込むことが多いですが、双極性障害は気分のアップダウンが激しいんですね。

双極性障害の知人を見ていても、躁状態のときと、鬱状態のときはまるで別人なので、治療するのは容易ではないと思います。

Nさんはたまたまお母さんが双極性障害の経験者だったため、不調に気づいてもらえましたが、そうでなければもっと大変だったでしょう。

ぼくもそうでしたが、精神疾患は人に相談しづらいものです。

その気持ちはわかりますが、メンタルの不調を感じたときは、まず家族か経験者に相談してください。

家族なら冷静にアドバイスをしてくれますし、経験者なら精神疾患かどうかがすぐにわかるからです。

まずは身近な人に症状を伝えて、アドバイスを仰ぎましょう。

相談できる人が身近にいない場合は、無料相談窓口を活用してください。

生真面目な人ほど我慢&自分自身で解決しようとする

生真面目な人ほど症状を我慢して仕事を続けたり、自分自身で解決しようとするものですが、それは絶対にやめましょう。

なぜなら鬱や双極性障害になったときは、自分のことを客観的には見られなくなるからです。

周りから見ればあきらかにおかしいのに、自分的には絶好調だと思っている。

そのようなギャップも生まれますので、不調のときほど第三者に頼ってください。

精神疾患の初期症状を放置していると、取り返しのつかないことになる可能性がありますからね。

心療内科か、メンタルクリニックに相談に行くのがおすすめです。

ミラクリから一言

経験したことのない不調には、早めの対処を!

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