「自信がない…」「自信を持てない…」「自信を持つにはどうしたらいいですか?」みたいな相談をよく受けますが、そもそも自信なんて必要なんですかね?
その昔、ぼくも「自信」について研究したことがあり、「一生◯◯な自信の作り方」みたいな本をたくさん読んだこともありましたが、結果的に感じたことは「自信なんか必要ないし、むしろ無い方がいい。」ということでした。
少し乱暴に聞こえるかもしれませんが、サッと考えて、サクッと動いてしまった方がスムーズに動くことは多いですし、逆に「自信」に縛られて、頭で考えすぎるような時ほど手詰まりになったりします。
「根拠がなければ踏み出せない」不思議
仕事においてプロジェクトが成功するか?、それを根拠として試算することはありますが、それでも「やってみなきゃ分からない」のが現実です。転職するときに次の会社でうまくやれるか?、それを考えぬいたところで、それでも「行ってみなきゃ分からない」のが現実なんですよ。
つまり、そこに時間をかければかけるほど、望んでいる結果からは遠ざかります。
結局のところ「保証」なんて、どこにも無い
何でもそうですが、結局のところ「保証」なんて、どこにも無いんです。
例えば、今現在の統計で言えばフリーランス・起業家よりも会社員でいた方が安泰だ、みたいなことはありますが、将来的には分からないし、自分が勤めている会社が倒産して路頭に迷うかもしれません。
そして、そんなことを考えること自体がムダなんです。
考えぬいて自分なりの結論を導き出す、思考訓練としてはいいですが、それがそのまま現実に当てはまるわけはありません。ふわっとしたことを考えて不安を感じるぐらいなら、自分がやるべきことをやり、趣味を楽しみ、睡眠を取った方がいいんですよ。
自信とプライドは紙一重
自信とプライドを混同している人も多いです。
自分が傷つきたくない、血を流したくない、失敗したくない、恥をかきたくない、それは全部「プライド」です。
ぼくはプライドのような概念もゴミ箱に捨てるべきだと考えていますが、この2つの概念はなかなか厄介です。成功者の格言に感化され、誰かを模倣しようとしたり、メンタルについて考えまくっているような人ほど、プライドだけが肥大し、結果的に行動できなくなります。
リアルな経験を見ても感じますが、情報をたくさん取り、読書も大量にして、人脈作りにも余念がない、いわゆる「意識高い系」の人よりも、何も考えず「おもしろそう!」「自分にもできそう!」のような軽やかな足取りでサクッと行動する人の方が、結果を出していくことは多いです。
ぼく自身も、頭で考えすぎることが多く、それは事業主としては悪い面も多いですから、できるだけ「感じる」「身体で覚える」ことを中心にするために、日々のメンタルケアを行っています。
何も考えずに行動する人が強い理由
「自信」「プライド」の概念に囚われない人は、何もかもが早いですよ。
すぐに行動する
目の前にイチゴがなっていたとき、「おいしそう!」で走りだす人と、「変な農薬つかってたらどうしよう…」と考える人とでは、得られる結果が変わって当然です。
経験値が増える
イチゴを食べた結果として、すぐに行動した人はお腹を壊すかもしれません。
その経験によって「道端で見つけた果物には気をつけた方がいい」ということに気づきます。しかし、お腹を壊したのを眺めるだけの人は、「自分が失敗しなくてよかった。バカな奴だ。自分は賢い。」と思うかもしれませんが、「知っていること」と「体験したこと」には信じられないぐらいの差が生まれます。
これは、多くの人が考えているよりも溝が深いですよ。
躊躇なく他人の力を借りられる
最後に、自信やプライドにこだわらない人は、躊躇なく他人の力を借ります。
むしろ「他人の力を借りることにプライドがある」と言うべきかもしれません(笑) 頭を下げることも厭わないし、時には自分が折れて相手に合わせることも厭わない。
カッコ悪いと思う人がいるかもしれませんが、「自分のプライド」と「成果へのこだわり」なら、どちらが大事ですかね? 守られた環境にいる人なら自己保身に走ってもいいかもしれませんが、自立している人ほど結果への執着もあるわけですから、躊躇なく後者を選ぶでしょう。
自信がある、プライドがある、と言えばカッコイイかもしれないけど、そんなことに囚われるぐらいなら、サクッと動いて「他人に自分を拡張してもらう」ぐらいの意識の方が楽ですよ。受け身かもしれないけど、ぼくはこれで心が楽に生きています。
ミラクリから一言
これからも、よろしくお願いします!(笑)