小林敏徳のコラム

人生最大のどん底から救ってくれるのは、「意外な人」かもしれない

今回は、↓この記事の続きを書く。

無気力を放置した結果、うつ病になった

「なんか、やる気ないなぁ」を甘くみた結果、ぼくはうつ病になった。

心配した妻から受診するよう懇願されても、まだ高をくくっていた。「そんなわけない、うつ病は精神的に弱い人がなるものだ」と。今思えば、その考え方が「そんなわけない」である。

しぶしぶ病院に行く。

そこには精神疾患を抱えていそうな方々が、20名ほど待っていた。心の病を持っている人は、これだけたくさんいるのか。ちょっと驚きつつも、自分だけは「お客様」のつもりだった。

順番がきた。

真っ白な白衣を着て、白髪をきれいに整えた先生に症状を伝えた。全ての説明を聞いてから20秒ほど沈黙して、彼は言った。

「うつ病ですね」

あまりにもあっさりした口調だったから、聞き間違いかと思った。ぼくがうつ病になるはずはない。最近多いとは聞いていたけど、ぼくがなるわけない。そんな動揺をよそに、彼は続けた。

「症状がかなり出ているので、仕事を休んでいただく必要があります」

仕事を休む? そんなレベルなのか。うつ病で仕事を休むということは、おそらく2〜3日の話ではないだろう。となると「休職」か。

完全にパニックになった。

こんなはずじゃなかった

家に帰って妻に症状を伝えると、彼女は淡々としていた。彼女はすでに覚悟していたのだろう。ぼくの話をよく聞いて、「わかった」と、いつもの調子で言った。

この2時間で、人生が激変してしまった。見える景色が変わり、自分自身に対する認識も変わった。待合室にいるときはまだ「お客様」だったが、今は完全に「患者」になった。

こんなはずじゃなかった。

うつ病の噂が広まるに連れて減っていくコミュニケーション

翌日、会社に事情を伝えて、手続きに入った。

ぼくの世界は完全に変わったのに、現実はウソみたいにいつもどおりだった。仕事はあり、会話もあり、いざこざもある。なのに全てが灰色だった。

現実でひとつだけ変わったことがあるとすれば、それはコミュニケーションだ。ぼくがうつ病であることの噂が広まるにつれ、人と接する機会はわかりやすく減った。誰からも連絡がこなくなり、スマホはただの時計と化した。

わかる。ぼくが相手でも連絡しづらい。

仕方がない。

5年ぶりの男性は、あまりにも単刀直入に言った

ある日、5年ぶりの男性から連絡があった。

「久しぶり!うつ病になったんだって?」

あまりにも単刀直入だったが、腫れ物にされることに慣れていたので、その時ばかりは清々しかった。彼は続ける。

「一緒に飯を食えるだけの元気ある? もしあれば、そっちに行くよ」

人に会うのはできるだけ避けていたが、なんとなく、会わなければならない気がした。恥ずかしい気持ちを押し殺して、ぼくたちは近所のカフェで会うことになった。

「うつ病になったか。めっちゃラッキーやん」

「うつ病になったか。めっちゃラッキーやん」

ぼくの辞書にはない言葉の組み合わせに戸惑ったが、彼は気にせず続けた。

「人生でこんなことないよ。仕事を休んで、じっくり自分自身と向き合えるなんて」

「今まで無理してきたから、心が疲れたんだよ。でもうつ病にならなかったから、無理してるって気づかなかったよね?」

「だから“ありのままの自分”を見つめ直して、やりたいことを考えるチャンスだよ、これは」

うつ病がチャンス……か

「うつ病がチャンス」

その時はわからなかったが、完全に正解だった。うつ病がなかったら、じっくり立ち止まろうなんて思えなかった。ただただ「前進」して、「刺激」を得て、「成長」することが全てだったから。

強引な彼に、救われた。

遠くにいても、心はつながっている人

あとで聞くと、彼はSNSを通じてぼくの近況をチェックしていたらしい。それで無理していることに気づいて、心配していたそうだ。

でも彼から連絡はなかった。うつ病と診断された後にもらった連絡が、5年ぶりだったのだから。

ぼくたちはつい、会う頻度やメッセージの回数だけをものさしにする。

SNSだけで何かを決めてしまう。

「遠くにいても、心はつながっている」

そんな人が、人生最大のどん底から救ってくれるかもしれない。

ミラクリから一言

ありがとうございました。

トシノリ
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