小林敏徳のコラム

根拠のない「大丈夫」で安心する理由がわかった

バスの中で慌てふためく女性

楽しかったハワイ旅行も今日で終わり。

渋々バスに乗り込むと、車内はクーラーで驚くほど冷えていた。

さすがはハワイだ。暑いのか、寒いのか、よくわからない。

手荷物はそれほど多くない。スーツケースのスペースをできるだけ空けてきたおかげで、お土産はほとんど仕舞うことができた。

さぁ…帰ろうか。

そう思ったとき、二列前の女性が慌てているのが見えた。

慌てた理由は「パスポート」だった

その女性は、おそらく60代くらい。友達4人でハワイに来た雰囲気だった。

何やら様子がおかしい。

手荷物をひっくり返して、何かを探している。横に座っている友達も心配そうに、その女性を眺めている。

察しはついた。

おそらくパスポートを失くしたか、どこに入れたか忘れてしまったのだろう。

気の毒だが、手伝えることはなさそうだとぼくは思った。

几帳面そうな男性が、静かに、女性に近づいていった

慌てふためく女性のもとへ、一人の男性が近づいていった。

年齢は同じく60代くらい。旅先であるにも関わらず、白髪の頭をきっちり整えた、几帳面そうな男性だ。

おそらく女性の異変に気づいて、様子を見に行ったのだろう。

聞こえてきた話によると、やはり女性はパスポートをどこに仕舞ったかわからなくなったそうだ。

男性はどうするのだろう。

不謹慎だが、興味がわいてしまった。

「奥さん、大丈夫ですよ。パスポートはありますから」

すると、男性はこう言った。

「奥さん、大丈夫ですよ。パスポートはありますから」

まるでその女性と同じ部屋にいて、片付けの一部始終を見ていたかのような口ぶりだった。

ぼくは思った。

「パスポートがあるかなんて、あなたにはわからないだろ」と。

もしパスポートを失くしたのなら、今すぐバスを降りて部屋に探しに行くなり、何かしら動かなければならない。

赤の他人が根拠のない慰めをしているように見えた。

根拠のない「大丈夫」で、女性の表情が変わった

ところがどうだろう。

さっきまで慌てていた女性は、「そうですよね。どこかにありますよね」と言って表情を変えた。

男性は続ける。

「ぼくもグアムに行ったときにね、帰りのバスでパスポートのありかがわからなくなって焦ったけど、スーツケースのポケットに入ってました。友達もそう。カバンの内ポケットに入れたのを忘れて、ずっと探し回ったんですよ。ほんとうバカみたいですよね。」

そう言って男性は笑い、女性たちも笑った。

嘘だろ? ここで安心するのかよ?

女性のパスポートは、本当にあった

その後もなんとなく女性のことが気になって、目で追っていた。

空港に着くと、女性はすぐにスーツケースの中をまさぐり、遠目にも、無事にパスポートを発見したのがわかった。

とりあえずはよかった。

でもパスポートが失くなっていたら、大事になっていたはずだ。

見ず知らずの他人に、無責任な言葉を吐いた男性は、どういうつもりだったのだろうか。

根拠のない「大丈夫」と、女性たちの笑顔

帰国してからも、ずっとその出来事が引っかかっていた。

何度考えても、あの男性の「大丈夫」に根拠はない。

それは間違いないのだが、女性たちの安心しきった表情は何だったのだろう。

「パスポートがあってほしい」という願望が、第三者によって言葉になり、安堵したのだろうか。

根拠のないことは絶対言わないほうがいいと固く信じていたぼくは、あの「大丈夫」と、女性たちの笑顔がどうしても結びつかなかった。

そんなとき、面白い記事に出会った。

人間は実力のある人よりも、確信のある人のほうにひかれる

脳科学者の中野信子氏は、こう言う。

話し合いをしていると、最初に確信を持って発言した人にシンパシーを感じる人が多いのです。

そのため、後から最初の人の意見がなぜ間違っているのか、自分の意見がなぜ正しいのかをみんなが納得するように説明してもなかなかリーダーにはなれません。

〜中略〜

つまり、人間は実力のある人よりも、確信のある人のほうにひかれるのです。

引用元:ライブドア・ニュース

謎がとけた。

「ぼくも大丈夫だったから、あなたも大丈夫」

男性の「大丈夫」に根拠はない。

それだけは断言できる。

明らかに女性とは見ず知らずの他人だったし、荷物を片付けるところを見たわけでもなかったからだ。

でも彼には確信があった。

「大丈夫」が確信に満ちていた。

「ぼくも大丈夫だったし、ぼくの友達も大丈夫だったから、あなたも大丈夫。よくあることですよ」というのが態度に表れていたから、女性は安心したのだ。

根拠がないと怒られる時代に、根拠のない「大丈夫」を

今は根拠がないと怒られる時代だ。

たしかに生死や健康に関わることにはエビデンスが必要だが、最近は「やってみなきゃわからないこと」にまで根拠を求める。

確実性は高まるが、未知なることにはチャレンジしづらい息苦しい時代である。

それでも。

根拠のない「大丈夫」が、誰かを救うこともある。

根拠のない「大丈夫」が、自分自身を救うこともある。

根拠、根拠で固くなった頭を、豪快で、いささか乱暴な「大丈夫」がしなやかにしてくれるのだ。

ミラクリから一言

そう言えば、根拠のない「大丈夫」に救われたことがあったな。

トシノリ
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