小林敏徳のコラム

「あなたが嫌い」と言われても、気にしなくていい

水曜日に見る、いやな夢

急に目が覚めた。

水曜日は決まって夜中に目が覚める。

壁にかかった時計は3:20を指していて、いつもどおり、いやな汗をかいている。

いつからだろう、あの夢を見るようになったのは。

「俺はお前が大嫌いなんだけど、理由わかるか?」

1月11日。

いつもどおり作業の準備をしていると、館内放送で名前を呼ばれた。専務室まで来るように、とのことだ。

部屋に入ると、中島が座っていた。パートさんには決して見せない、ふんぞり返った座り方だった。

「おぉ、来たか。座れ」

そう促されて腰をかけると

「それで、俺はお前が大嫌いなんだけど、理由わかるか?」

と言われた。

しばらく理解できなかった。

「嫌い? 誰が、誰を?」

数十秒の間に何度もそう自問したが、答えは「中島さんがぼくを」になった。

中島から陰口を言われているのは知っていたが、まさか、面と向かって「嫌い」を告げられるとは思ってもみなかった。

強がって、気にしてないフリをして

ぼくは精一杯強がった。

気の置けない同僚にその出来事を話すと、一緒になって怒り、慰めてくれた。

気持ちは嬉しかったが、その後何年も悪夢に苦しめられることをまだ知らないぼくは、「ぜんぜん気にしてない」と言い張った。

そう言わなければ、自分の中の何かが崩れる気がしたのだろう。

「俺も中島さんのこと嫌いだから」

「おっさんの言うことなんか無視、無視」

いかにも荒削りな物言いで、精一杯強がった。

細胞に刻まれた思い出が、突然、活性化した

はじめて水曜日の夜中に目が覚めたのは、それから8年後のことだ。

もうすっかり忘れていた。忘れていたつもりだった。

だが、細胞にはしっかりと刻まれていて、ある日突然、活性化した。

あのときのように強がることはできない。一緒に怒ってくれる人も、慰めてくれる人も、荒削りな強がりを笑ってくれる人もいない。

認めるしかない。

ぼくは「俺はお前が大嫌い」で傷を負ったのだ。しかもまだ血は流れていて、かさぶたにもなっていない。

嫌な出来事ほど鮮明に覚えているのはなぜ?

水曜日の夜中に目覚めると、決まって中島を思い出した。

ふんぞり返った座り方、色あせた作業着、目元のシワ、灰皿にあったマイルドセブンの吸い殻、表情、言い方。

全てを鮮明に思い出し、またいやな汗をかいた。

「嫌い」と言われたのは初めてではないのに、なぜこれほど傷ついたのか。

本人に向かって「嫌い」と言える、ある種の実直さに恐怖を覚えたのだろうか。

それとも、あまりの性格の悪さに愕然としたのだろうか。

まさか、あの図太さが羨ましいとか?

悲しかった、傷ついた、と言えばよかった

なぜ強がってしまったのか。

せめてよく食事をした人だけには、本音を言えばよかった。

悲しかった、傷ついた、どうすればよかったのか、と。

誰かに話せたら違っていたかもしれない。

「それで? 俺はお前が大嫌いなんだけど、理由わかるか?」

あのセリフは、水曜日の深夜、ぼくにだけ爆音で聞こえる。

好き嫌いはあって当然

「嫌われたことがない」という人はいない。

もしいるとすれば、他人から嫌われても気づかない人か、そもそも他人の好き嫌いに全く興味のない人だろう。

誰しも、誰かに好かれ、誰かには嫌われるのだ。

好き嫌いはあっていい。感覚的なものだからしょうがない。

ただ、それを表立って表明するか、しないか。ここに違いがある。

「嫌いの表明」という文化

「好き」を表明するのは比較的かんたんだ。

好きなものを表明すれば、それに関する情報が集まるようになり、同じ「好き」を持った人ともつながれる。

一方で、「嫌い」の表明は難しい、と思っていた。

誰かとの軋轢を生みかねないし、表明した本人も決していい気分にはならないからだ、と思っていた。

だが、最近はそうでもないようだ。

ネットを使って「嫌い」を積極的に表明し、その本人や関係者に石を投げる。

そして、そのような行動に一定の賛同者が集まり、みるみるうちにコミュニティーが出来上がっていく。

「嫌いの表明」はひとつの文化になりつつある。

嫌いを表明する理由は、「傷つけてやりたい」

ここで考えてみよう。

わざわざ「嫌い」を表明する理由は何か?

結論から言うと、「傷つけてやりたい」にほかならない。

嫌いなものを嫌いだと言う理由は、その対象を貶め、傷つけるためなのだ。

そう考えると、中島から言われたセリフにも救いはある。

悪意から身を守ること

「それで? 俺はお前が大嫌いなんだけど、理由わかるか?」

が傷つける目的で発せられたものならば、言われた方は自分を守ることに徹すればいい。

反撃も、反論も、強がりも、受容も、必要ない。

誰かを傷つける目的で発せられた言葉に、まともに向き合ってはいけない。

「自分を守る」に徹するのだ。

ミラクリから一言

悪意に善意で立ち向かうと、飲み込まれる。

トシノリ
今日もtwitterでつぶやいてます。最新のつぶやきはこちらをCLICK!!

-小林敏徳のコラム

Copyright© ミラクリ , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.