小林敏徳のコラム

それは「あなたが求める理想の私」でしょ?

転職後の充実した毎日

直樹は会社に行くのが楽しかった。

前の会社では、足が棒になるまで客先をまわる日々。しかも「夕方には必ず会社に戻ること」という決まりがあり、手書きの日報を出さなくてはならなかった。給料は大学の同級生より下で、上司との関係は微妙で、後輩から慕われている実感もなかった。

ところが、どうだろう。

今は友永課長からの期待も感じるし、仕事のやりがいもある。意見を言おうとすると注目が集まった。転校生が一時的に人気になるのを、10年遅れて体験している気分だ。

思い切って異業種に転職したのが良かったのかもしれない。あのまま化成品業界にいたら、たとえ転職しても状況は同じだっただろう。

とにかく、直樹は会社に行くのが楽しかった。

いい職場と、いい上司と

友永課長は、面接で、直樹にこう言った。

「異業種に転職するということは、今までの実績や経験は一旦ゼロになる。それを理解していますか?」

直樹は「はい、わかっております」と答えた。

それから「新卒社員のつもりでがんばります。年食ってますけど。」と言って面接官たちを笑わせた。

あの冗談も、もしかしたらポイントになったかもしれない。

いい職場と、いい上司や同僚に巡り会えたことが、直樹は嬉しかった。

隙がなく、顧客からの信頼も厚い上司

友永は、落ち着いた人物だった。

年齢は40代半ば。結婚して子供もいて、大阪の「住みたい街」では必ず上位になる街に家を持っている。

人柄は「ちゃんとしている」で十分なほど隙がなく、顧客からの信頼も厚い。どうやら今の主要顧客のほとんどは友永が取引につなげたらしい。ゆえに社内からの信頼も厚く、レジェンドとして扱われている。

サラリーマンの教科書が存在するなら、おそらく友永が表紙になるだろう。

「この人のもとでなら成長できそうだ」と思った直樹は、友永に教えを請い、付いて回るようになった。

あるとき、上司の態度が一変した

友永の様子が変わったのは、入社から3ヶ月が経ったときだった。

直樹に対する口調が厳しくなり、言葉の端々に鋭い何かを感じる。

「なぜだ? ミスをした覚えはないし、指示に反したこともない。かといって従順すぎる”犬”でもないはずだ」

直樹は悩んだが、理由はわからなかった。

次第に友永の態度はエスカレートする。

「君はぼくの言うとおりにするだけでいい」

「その目は何ですか?」

「経験もないのに、自分で考えようとしないでください」

「あなたが入社できたのは誰のおかげですか?」

直樹は、その言葉をまともに食らわないようにするので精一杯だった。

「君は真面目で誠実なタイプだから」

直樹がもっとも困惑したのは、友永から「キャラ」を課せられたことだ。

友永いわく、「君は真面目で誠実なタイプなのだから、絶対にミスをしてはいけない。真面目で誠実な人がミスをすると、お客様は、通常の何倍も落胆する」らしい。

経験から導き出されたセオリーのようなものだろうか。

その後も直樹は、友永から「君は真面目で誠実なタイプだから」と何度も言われた。

キャラに押しつぶされ、キャラを恨み、キャラに嫉妬し

そのうち直樹も、「ぼくは真面目で誠実なタイプだから」と思うようになった。

ぼくは真面目で誠実なタイプだから、絶対にミスをしてはいけない。

ぼくは真面目で誠実なタイプだから、正しい振る舞いをしなくてはいけない。

ぼくは真面目で誠実なタイプだから、多くの人から信頼されなければならない。

そんな呪縛が生まれた。

直樹の手足はがんじがらめになり、次第にミスが増え、成績も下がった。

友永はさらに追い打ちをかける。

「君は真面目で誠実なタイプなのに、お客さんからの信頼や結果はそこそこで、社内ではミスばかり。どういうこと?」

直樹が答えられるはずはなかった。

さらに直樹を追い詰めたのは、友永が最近かわいがっている「好かれキャラ」の存在だ。

直樹に課せられたキャラとは真逆の、ほんのりおバカで、可愛げがあって、多少のミスはご愛嬌。そんな人物である。

「俺は”真面目で誠実”なのに、あいつは”愛嬌のあるバカ”かよ」

帰り道、川に向かって吐き捨てるように言ったが、そのセリフは静かに消えていった。

キャラ?

キャラって何だよ?

「あなたはこうあるべきだ」の圧力

自分以外の誰かから、キャラを求められることがある。

「あなたはこうあるべきだ」や、「あなたは○○なタイプだから」というやつだ。

人をわかりやすく分類し、受け入れやすくすることは誰にでもあるが、その傾向が強い人もいる。

「あなたはこうあるべきだ」が「こうじゃなきゃおかしい」になり、「あなたは○○なタイプだから」が「あなたには○○でいてほしい」になる。

この願望の圧力は、思っている以上に凄まじい。

きっと強い人からすれば「無視すればいい」の一言で終了だろうが、その時、その場で、うまくスルーするのは実際のところ難しい。

相手との関係性や心身の状態、場の空気感も関係するからだ。

悪気のないキャラの指定は厄介

直樹は、上司である友永から「真面目で誠実なタイプ」を求められた。

仕事のやり方や姿勢ならまだしも、キャラクターまで指定されるのは辛いことだが、決して珍しいことでもない。

相手に悪気はない。

むしろ「そのほうがうまくいく」と信じてやまないからこそ、キャラの指定は厄介なのだ。

じゃあどうするか?

自分の世界と他者の世界を切り離す

人間の人格は、決してひとつではない。

家族といるときの人格、友達との人格、会社での人格、愛する人の前での人格は、全て違う。これに異論はないだろう。

であればキャラを指定されたら、その人格を取り込んでしまえばいい。

わかっている。

文章で書くのは簡単だが、実践するのは難しいし、ぼく自身もできる気はしない。

じゃあどうするか?

「自分の世界と他者の世界を切り離す」である。

力関係はあっても、上下関係はあっても、人は対等である。

その前提に立ち、「私の個性にまで土足で踏み込ませるつもりはない」という強い気持ちを持つことだ。

いや、気持ちではない、覚悟だ。

あのときの直樹にも、「覚悟を持て」と言ってやりたい。

ミラクリから一言

人が求めるキャラクターとあなたは、関係ない。

トシノリ
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