小林敏徳のコラム

「厳しく怒っていただいたことに感謝」は本当か?


投げつけられたコーヒーカップが割れた。

仕事帰りに寄った、古びた雑貨屋で買ったコーヒーカップが、あっけなく粉々になった。

上司はものすごく怒っていた。

部下を執拗に罵倒したあと、冷静に話し始めたかと思えば、また顔を赤くして怒った。自家発電と冷却をくり返しているかのようだ。

たしかに部下の竹下も悪かった。

直属の上司である中島からチェックするよう頼まれた書類に、不備が見つかったのだ。誤字が二箇所、計算ミスが一箇所。気づけなかったのは竹下が悪い。

しかし、コーヒーカップを投げつけられるほどのミスではなかった。そこにいた人の多くが中島に対して「やりすぎ」と思っただろう。

自家発電と冷却を何度かくり返した中島は、最後にこう言った。

「こんなことを言ってくれるのは俺ぐらいだから感謝しろ!」

竹下はすっかり垂れた目を瞑りながらうなずき、「ありがとうございます」と言った。

中島から言われたとおり、必死に感謝の気持ちを持とうとした。

***

5年後、竹下は会社を辞め、別の会社に移っていた。新しい会社は前とは違って和やかな雰囲気。上司との距離感も、同僚たちとの関係も良好だ。

幸せだった。

仕事に行くのが楽しくて、楽しいから積極的になれて、運良く入社直後に大きな契約も取れた。

転職してから1年が経った頃、仕事帰りにふと思い出した。

前職の上司である中島から言われた「こんなことを言ってくれるのは俺ぐらいだから感謝しろ!」というセリフを。

当時の迫力と恐怖がそのまま蘇ってきて、思わず「わっ」と声をあげてしまった。いつも怯えていたあの頃の自分に戻ったような気がして、酒とつまみを買うつもりで入ったコンビニをすぐに出た。

なぜ怒られたのかは、もう覚えていない。

ただ、「激しく怒った上司にコーヒーカップを投げつけられた」という事実だけが心に刻まれていた。

「怒られたことに感謝」は、かなりの高等技術である。高い人間力や心の広さ、そして謙虚さも必要だろう。

「厳しく怒っていただいたことに感謝」と言う人をたまに見かけるが、その言葉が本音か、深い傷の治療の過程なのかはさておき、言えるだけで本当にすごい。

ということは「怒られたことに感謝」できない人は、人間力が低いのか? 心が狭く、傲慢なのか?

決してそうではない、と信じたい。

怒り方やタイミングに問題がある、あるいはイジメのターゲットにされたのが原因の場合もあるからだ。

少なくとも「こんなことを言ってくれるのは俺ぐらいだから感謝しろ!」は、怒った本人が言うセリフではない、と信じたい。

それは「お客様は神様だろ?」と、お客様が言うようなものだからだ。

怒られたことに感謝できる場合もあれば、できない場合もある。

感謝できる人や言葉にだけ、感謝すればいい。

ミラクリから一言

あのコーヒーカップ、気に入っていたのにな。

トシノリ
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