テキトーになれば、もっと楽しめる

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水上タクシーの運転手が、突然クラクションを鳴らした。

何度も鳴らされる大きな音に、乗客の誰もが驚いた。

事故でもあったのか、それとも何らかのアクシデントか。

そんな心配を尻目に、運転手は地上にいた友人らしき男性と大声で話し始めた。

公共交通機関で働くような人が、運転中に知人を呼び止めて会話をするなど、日本ではあり得ない。

そうだった。

ここはイタリアだった。

生真面目な性格は、本当に厄介だ。

どんなことにも真正面から向き合い、受け流すことができない。

「考えすぎだよ」と言われても、自分にはその自覚がないのだから、思考を止められない。

心配や不安なんて、もはや幼なじみのようなものだ。

「考えるだけ無駄だ」と言い切れる人が羨ましい。

楽天的なのに、なぜか人生がうまくいくような人も羨ましかった。

こちらは頭から煙がでるほど悩んで、やっと人並みに生きているのに、なぜ努力しない人のほうが得をするのか。

そんな傲慢な考え方にも囚われていた。

イタリアの人たちは、みんなテキトーだ。

もちろん一度イタリアを訪れただけで全てを語るつもりはないが、出会った人たちはいい意味でテキトーだった。

ホテルのフロントマンも、ルームキーパーも、カフェのバリスタも、眼鏡屋の店員も、タクシーの運転手も、警察でさえも。

いわゆる高級ホテルのレストランだって、予約時間の120分後にディナーが始まる。

午前中からワインをガンガン飲み、12:00過ぎにはまたシエスタタイム。

「昼イチの打ち合わせ」は、だいたい15:30〜16:00に始まる。

そんなテキトーな雰囲気にイライラするだろうと想像していたが、実際はなぜか心地よかった。

別に急がなくてもいいんだなって。

いつも早足で歩き、難しい顔をしていた日々は何だったのだろうって。

ちなみにイタリアの1人あたりのGDPは、日本とほぼ同じだそうだ。

そうか。

生真面目は「性格」だと思っていたが、実は「態度」だったのか。

性格をコントロールするのは難しいけれど、態度ならどうにかなる。

生真面目よりも、「テキトー」を選択すればいいだけだ。

そうすれば今まで許せなかったことも、「まぁいっか」で済ませられる。

それはきっと妥協じゃないはずだ。

テキトーを漢字にすると「適当」になり、つまりは「程よい」ってことなのだから。

今までが過剰だったのだから、ちょっとくらい甘くなったって、少しくらい遅くなったって、程よいところに収まるだけだ。

テキトーだから、リラックスできる。

テキトーになれば、もっと楽しめる。


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