ミラクリ

鬱から成功するブログ

「お揃い」で仲間を識別する若者たちに絶句した話

若者たちと話をする機会があった。

何から何まで自分とはまるで違う価値観に驚きながら、彼らの食欲に財布を痛めながら、楽しい時間をすごした。

ただ、彼らが身につけていた「お揃い」がどうしても気になり、途中から釘付けになってしまった。

スポンサーリンク

若者たちが持つ、お揃いの靴・服・スマホケースが気になった

最初からその存在に気づいていたのだが、ぼくはなかなか聞き出せずにいた。

彼らにひどく初歩的なことを尋ねるような気がして、自分が”おっさん”であることを浮き彫りにするような気がして、怖かったのだ。

でも聞かずにはいられなかった。

今回食事に来てくれたのは17〜23歳の8人。

全員が仲良しというわけではなく、「2:3:3」のグループに分かれているようだ。

ぼくが聞き出したくて、なかなか聞き出せなかったのは、彼のグループが、それぞれで「お揃い」の何かを持っている理由だ。

キャラクターもののスマホケース、コンバースのスニーカー、ユニクロのTシャツ。

勇気をだして「何でお揃いにするの?」と尋ねても、的を得た言葉が返ってこない。

正確な内容は忘れてしまったが、「え? おかしいですか? 皆もやってますよ〜」みたいなものだったと思う。

matchingshoes01

その昔、お揃いは”イタい行為”だった

その昔「お揃い」は、何か特別なイベントだったように思う。

そして、言い方は悪くなってしまうが「ダサい」「イタい奴ら」というイメージも根深く存在した。

逆に言うと、そんな厳しい目線をくぐり抜けてでも「お揃い」にする人たちは、他人の意見を気にしない強さを持っていたのだろう。

お揃いはセンスのなさの象徴でもあり、強さの証でもある、そんな不思議な存在だった。

ところが目の前にいる若者たちからは、後ろめたさや恥じらいが一切感じられず、むしろ楽しんでやっているように見える。

なぜだろう。

価値観でつながった時代は目に見えるものを共有する必要がなかった

ぼくが高校生のときは、インターネットはおろか携帯電話も普及しておらず、ポケベルが主流だった。

友だちを作るには、それなりの時間を共有する必要があり、考え方が合わない場合は途中で離れる、もしくは仲違いすることが当たり前だった。

これはつまり「人間たちが価値観でつながっていた」ということだ。

人間の芯でつながっているのであれば、あえて目に見えるものを共有し、仲間であることを示す必要はない。

お揃いが”表層的なもの”とされたのも、ここに原因があったように思う。

matchingshoes02

24時間監視社会が「味方」の存在を見えづらくした

現代にはLINEがあり、SNSがある。ネットワークを通じて、好きなときに、好きな人と連絡を取ることが可能になった。

これは便利であるのと同時に、「24時間監視社会」に突入したとも言える。

いつでも、どこでも、誰かにプライベートを覗かれる可能性がある。

海外にいたってメッセージのやり取りができる。

「ご報告」と題して近況をアップしなければ、「何かトラブルでもあったの?」と連絡が入ってしまう。

「ネットを使わなければいいじゃないか」は間違いなく正論だが、そんな簡単にネットワークを遮断できるほど人間関係は単純じゃない。

24時間監視社会では、”いい人”でいることが最大のリスクマネジメントだ。

いいね!する、拡散に協力する、コメントにはコメント返しをする、そんなネット上の立ち振る舞いで人間性が評価される。

ネットワークは既に社交辞令にあふれている。昔のようなコミュ障たちの安住の地ではなく、人間社会そのものだ。

24時間監視社会は、誰が味方なのかを分かりにくくしている。

「私は仲間です」 お揃いは友情の証

感度がいい若者たちは、そのリスクを感じ取り、あえて「お揃い」の何かを身につけることで、味方を識別しているのではないか。

そして、「私は仲間です」という公な表明にもなる。

わざわざ大きな声で叫ばなくても、キャラクターもののスマホケースを持っているだけで、コンバースのスニーカーを履いているだけでいい。

それだけで「あなたはコッチ側の人か」と認識してもらえる。

若者たちはお揃いでシグナルを発して、共鳴して、価値観を共有しているのかもしれない。

ミラクリから一言

知らんけど。

 - 小林敏徳のコラム

記事下アドセンス

記事下アドセンス

RELATED ENTRY

-関連記事-

「止めるべきか、続けるべきか」の答えがある場所
怒りが憎しみに変わったとき、気持ちを落ち着かせる秘訣があった

「怒髪天」 今から3日前、ひさしぶりに腹が立つことがあり、半日ほどのたうち回っていました。 イヤなもんですね、怒りって。 「幸いなことに」とでも言うべきか、ぼく …

「とにかくやってみる」の希少価値

約1年ぶりにみんなで集まって、いろんな話をした。 大学生活のことや、最近の恋愛事情のことや、悩んでいること。 自分の半分くらいしか生きていないのに、彼らの話はい …

イジメにあったら、逃げるしかないらしい。

  「もしイジメにあったら、環境を変えよう。」   ぼくの過去の経験から、イジメ相談をしてくる人には、そうアドバイスしています。 &nbsp …

テキトーになれば、もっと楽しめる
「変わってる人」の法則と3つの特徴

ついに「変わってる人」の法則を発見したんです。 「ぼくは変わってるんですよ〜」という自称変人は、かなりの確率で普通だったりしますよね。 昔は、常識にあてはまらな …

「妥協の恋」はうまくいかない

新しいカメラを買いました。いまだにメーカーや機種の知識ゼロなんですけど、寝るとき以外、いつも首からぶら下げる勢いで使い倒してます。 はぁぁぁ、本当に買ってよかっ …

嫉妬の炎を燃やし尽くしたあとのこと
ガストやべぇ!山盛りポテトフライの「山盛り」は健在だった。

  ファミリーのくせに、ファミリーレストラン(通称:ファミレス)に全然行かない我が家の人たちが、急に「ガストに行きたい!」と言い出しました。 &nbs …

「怒ってもらえたことに感謝」は社交辞令で、本当はトラウマでしかなかった

ある方から「怒ってもらえたことに感謝している」という話を聞きました。 この手の話はよく聞くわけですが、あらためてすごいなと思った次第です。 ぼくは「怒られたこと …

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です