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Life goes on.

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ひと通り話を終えた彼は、最後に「Life goes on」と言った。

おそらく文脈的に「それでも人生は続く」ということなのだろうが、その寂しげな表情を見て何も言えなくなった。

家族を亡くす、ということの重みを理解せず、手ぶらでここに来た自分が恥ずかしくなった。

悲しみに暮れる人に対して、安易に寄り添おうとしていたのではないか。

彼に共感したつもりになり、そんな自分に陶酔していたのではないか。

考えれば考えるほど、己の浅ましさが浮き彫りになった。

親しくしていた人と、絶縁したことがある。

いろんな事情があって、二度と会えない関係になってしまった。

それまではハラミは塩で食うべきか、タレで食うべきか、みたいなことで口論をする関係だった。

よくご存知だろうが、成長するに連れて喧嘩をできる相手は減っていく。

きっとそれが「大人になる」ということなのだろうが、だからこそ本音でぶつかれる存在は貴重だ。

そんな人が目の前からいなくなってしまった。

様々な誤解が重なり、それが異常な形で膨らんで、ついに破裂した。

「出会いもあれば別れもある」と教えられてきたが、別れはできれば無いほうがいい。

大好きだった人が目の前から消えてしまうのなら、最初から出会わないほうがマシだ。

出会わなければ、悲しむこともないのだから。

それが子供じみた考え方であることはわかっている。

残酷なことに何があっても人生は続いていく。

まさに「Life goes on」だ。

悲しい出来事があろうとも、病気になろうとも、命を落とそうとも、地球が自転を止めることはなく、また新しい朝を迎える。

駅前の喫茶店は今日も営業しているし、駅で見かけるのもおなじみの顔ぶれだ。

それぞれが何を抱えていようが、人生は無機質に進んでいく。

そこに意味を見出すのか、無機質なままでいるのか。

できれば意味を見出せる人間になりたいと願っているが、実際にそうなるのは難しい。

でも、家族を亡くした彼の姿を見たら、もう甘えてはいられないな。

だから、悲しいときは悲しいように振る舞ってみよう。

平気なふりはやめて、「今日は落ち込んでいます」と伝えてみよう。

そして元気になったときに、「今日は大丈夫です」と言ってみよう。

彼がそうしているように。

「仕事にプライベートを持ち込むな」という意見もあるだろうが、元気なときにやるべき仕事があるなら、悲しいときにしかできないこともあるはずだ。

昨日のままで時間を止めるな。

 - 小林敏徳のコラム

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